2009年03月13日
投げ釣り道具考5 ロッド(3)
「飛距離は道具」という言葉に目から鱗だったのか、逆に目が曇ってしまったのかそれからの私はロッドをどんどんと揃えて行った。
まずはNFT
パワーループアクシス30-400T これは物足りなくて友人にあげた。
ダイヤフラッシュパーフェクション 25-400T、27-400T これは妻の専用ロッドだった。
ダイヤフラッシュパーフェクション 30-400×2
これらは今でも現役で活躍している。
続いてシマノ
スピンパワー405CX-T これは発売当初釣具店で勧められて手に入れたと思う。
現在までに#1と#2をそれぞれキャスティング時にへし折って交換した履歴が有る。
現在は主に娘たちが使用している。
スピンパワー405EX-T
スピンパワー405BX-T
スピンパワー425AX-T
スピンパワー405BX(新旧とりまぜ)×3本
続いてダイワ
パワーキャスト 30-405
インターラインパワーキャストT30-420
これらは娘のために入手した。
オルノス 27-405
ランドサーフ T27-405
トーナメントサーフⅡ T33-405×3本
その他にも古いロッドが数本有る。
残念ながらキススペシャルは所有していない。
高価なロッドであるのも理由のひとつだが、私自身が「これはスペシャリストだけが持つ竿だ」とのこだわりを持っているので今のところ手に入れる予定はない。
欲しいけどまだ分不相応だと思っている。
そのうちこだわりを捨てたら手にしているかもしれない。
20本ほどのロッドだが、これが家族や家族の友人たちと一緒に釣りに出掛けるときは使う本数も結構な数になりそれぞれ活躍するので、けっして宝の持ち腐れではないと思っている。
まあ煙草は吸わない、ギャンブルもしない、飲みに出る事もほとんど無い私がコツコツと買い集めたものだから、妻も何も言う事は無かった。
常に一緒に楽しんでいたし、それなりの釣果(夕食のおかず)も残して来たのが良かったのだろう。
それにしても、それぞれにリールが必要になる訳だしやっぱり道具地獄かなあ?

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まずはNFT
パワーループアクシス30-400T これは物足りなくて友人にあげた。
ダイヤフラッシュパーフェクション 25-400T、27-400T これは妻の専用ロッドだった。
ダイヤフラッシュパーフェクション 30-400×2
これらは今でも現役で活躍している。
続いてシマノ
スピンパワー405CX-T これは発売当初釣具店で勧められて手に入れたと思う。
現在までに#1と#2をそれぞれキャスティング時にへし折って交換した履歴が有る。
現在は主に娘たちが使用している。
スピンパワー405EX-T
スピンパワー405BX-T
スピンパワー425AX-T
スピンパワー405BX(新旧とりまぜ)×3本
続いてダイワ
パワーキャスト 30-405
インターラインパワーキャストT30-420
これらは娘のために入手した。
オルノス 27-405
ランドサーフ T27-405
トーナメントサーフⅡ T33-405×3本
その他にも古いロッドが数本有る。
残念ながらキススペシャルは所有していない。
高価なロッドであるのも理由のひとつだが、私自身が「これはスペシャリストだけが持つ竿だ」とのこだわりを持っているので今のところ手に入れる予定はない。
欲しいけどまだ分不相応だと思っている。
そのうちこだわりを捨てたら手にしているかもしれない。
20本ほどのロッドだが、これが家族や家族の友人たちと一緒に釣りに出掛けるときは使う本数も結構な数になりそれぞれ活躍するので、けっして宝の持ち腐れではないと思っている。
まあ煙草は吸わない、ギャンブルもしない、飲みに出る事もほとんど無い私がコツコツと買い集めたものだから、妻も何も言う事は無かった。
常に一緒に楽しんでいたし、それなりの釣果(夕食のおかず)も残して来たのが良かったのだろう。
それにしても、それぞれにリールが必要になる訳だしやっぱり道具地獄かなあ?
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2009年03月10日
投げ釣り道具考5 ロッド(2)
ニューフェニックスはとても派手なロッドだった。
燃える様な朱色の本体に多分羽根をデザインした黒色のストライブ。
遠くから見ただけで私が竿を振っているのが分かったと同じく釣り好きの友人に言われた。
ただ今考えるとかなり華奢だった気がする。樹脂製のガイドはすぐにヒビが入った。
そのために当時発売されたばかり(だと思うが)のエポキシ系接着剤で何度も修理した。
特長のひとつだった移動自在のフリーリールシートはそのメリットを生かせず、一定の場所に固定して使っていた。
このリールシートはリール固定ネジを強く締めるとその位置にリールシートを固定出来るのだが、竿尻から広く取ると投げにくいし、狭く取るとロッドが持ち重りして疲れやすい。我流投げ師の私には猫に小判だったと思う。
ただ、こと釣果に関しては目を見張るべきものがあった。時代も環境も大変良かったのだろうが、このロッドで数えきれぬほどの肘たたきクラスを釣り上げた。尺ギスにしても年間二桁は釣り上げたはずで有る。
当然私の腕の所以ではく、それほどに恵まれた海であった事は間違いない。
当時新聞の釣り欄に時々大阪の某氏が対馬で尺ギスを釣り上げたなどという記事が載ったりしたが、私は対馬まで行かずともここでは尺ギスは幾らでも釣れるのに馬鹿だなあなどと、今思えばとんでもない事を思ったりもした。
幸か不幸か記録など言うものに全く関心がなかったものだから、家で物差しで長さを測り30センチ有る無しを測りさえすればあとは即まな板の上で刺身に変身であった。
新鮮な魚に墨を塗って真っ黒にして魚拓を取るなど愚の骨頂だと本気で思っていたのだ。
元号が昭和から平成に変る頃まで私のタックルに大きな変化はなかった。その頃はロッドは3本に増えていたが、常連の仲間入りをさせてもらい始めた釣具店に置いてあったカーボン含有率の低い振り出しロッドを手に入れ、それで満足していたのだ。
当時その店の店長から薦められて読み始めた釣り専門の週刊誌の中に対馬釣行の記事が載っていたので、対馬まで行かずとも私のポイントで30センチオーバーは楽に釣れるよと手紙を出す事を思いついた。
何故そう考えたのか今でも良くわからないのだが、多分ポイントを自慢したかったのだろう(笑)
ただそう言うだけでは相手も信用しないだろうからと証拠写真を撮るために出掛けたのだが、なんと30センチオーバーが2尾に28センチ〜26センチの大ギス4尾を含む10尾をつり上げ、写真を撮ることができた。
結果、雑誌の取材に訪れる事になるのだがその話はまたにしよう。
その頃私は100メートルオーバーのキャスティングを目標にするようになった。釣り場で出会った親切な釣り師の方にカーボンロッドを試投させてもらいカルチャーショックを覚え、また取材時に記者氏が持参していたロッドの軽さに驚愕したのだった。
その話を釣具店の店長にすると真新しいロッドとリールを出してくれた。
オリンピック製テクノカーボ27-400、スーパーエアロGT6000である。このセットで100メートル出ないときはお金は返すからとまで言ってくれた。
店長曰く「投げ山さんは経験は十分だから大丈夫、飛距離は道具ですよ」
その日から100メートルは現実の世界となった。同時にそれは私をタックル地獄に誘う事になる。
古いロッドやリールは友人たちの手に渡って行った。
ただフェニックスだけは伸縮もの干し竿二世としてその後10年以上実家で活躍を続けたのであった。
(3)につづく

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燃える様な朱色の本体に多分羽根をデザインした黒色のストライブ。
遠くから見ただけで私が竿を振っているのが分かったと同じく釣り好きの友人に言われた。
ただ今考えるとかなり華奢だった気がする。樹脂製のガイドはすぐにヒビが入った。
そのために当時発売されたばかり(だと思うが)のエポキシ系接着剤で何度も修理した。
特長のひとつだった移動自在のフリーリールシートはそのメリットを生かせず、一定の場所に固定して使っていた。
このリールシートはリール固定ネジを強く締めるとその位置にリールシートを固定出来るのだが、竿尻から広く取ると投げにくいし、狭く取るとロッドが持ち重りして疲れやすい。我流投げ師の私には猫に小判だったと思う。
ただ、こと釣果に関しては目を見張るべきものがあった。時代も環境も大変良かったのだろうが、このロッドで数えきれぬほどの肘たたきクラスを釣り上げた。尺ギスにしても年間二桁は釣り上げたはずで有る。
当然私の腕の所以ではく、それほどに恵まれた海であった事は間違いない。
当時新聞の釣り欄に時々大阪の某氏が対馬で尺ギスを釣り上げたなどという記事が載ったりしたが、私は対馬まで行かずともここでは尺ギスは幾らでも釣れるのに馬鹿だなあなどと、今思えばとんでもない事を思ったりもした。
幸か不幸か記録など言うものに全く関心がなかったものだから、家で物差しで長さを測り30センチ有る無しを測りさえすればあとは即まな板の上で刺身に変身であった。
新鮮な魚に墨を塗って真っ黒にして魚拓を取るなど愚の骨頂だと本気で思っていたのだ。
元号が昭和から平成に変る頃まで私のタックルに大きな変化はなかった。その頃はロッドは3本に増えていたが、常連の仲間入りをさせてもらい始めた釣具店に置いてあったカーボン含有率の低い振り出しロッドを手に入れ、それで満足していたのだ。
当時その店の店長から薦められて読み始めた釣り専門の週刊誌の中に対馬釣行の記事が載っていたので、対馬まで行かずとも私のポイントで30センチオーバーは楽に釣れるよと手紙を出す事を思いついた。
何故そう考えたのか今でも良くわからないのだが、多分ポイントを自慢したかったのだろう(笑)
ただそう言うだけでは相手も信用しないだろうからと証拠写真を撮るために出掛けたのだが、なんと30センチオーバーが2尾に28センチ〜26センチの大ギス4尾を含む10尾をつり上げ、写真を撮ることができた。
結果、雑誌の取材に訪れる事になるのだがその話はまたにしよう。
その頃私は100メートルオーバーのキャスティングを目標にするようになった。釣り場で出会った親切な釣り師の方にカーボンロッドを試投させてもらいカルチャーショックを覚え、また取材時に記者氏が持参していたロッドの軽さに驚愕したのだった。
その話を釣具店の店長にすると真新しいロッドとリールを出してくれた。
オリンピック製テクノカーボ27-400、スーパーエアロGT6000である。このセットで100メートル出ないときはお金は返すからとまで言ってくれた。
店長曰く「投げ山さんは経験は十分だから大丈夫、飛距離は道具ですよ」
その日から100メートルは現実の世界となった。同時にそれは私をタックル地獄に誘う事になる。
古いロッドやリールは友人たちの手に渡って行った。
ただフェニックスだけは伸縮もの干し竿二世としてその後10年以上実家で活躍を続けたのであった。
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2009年03月08日
投げ釣り道具考5 ロッド(1)
私が投げ釣りで一番重要だと思っているロッドだが、キス釣りを始めたときから様々なものを使って来た。
一番最初は竹製で針金のガイドを付けた手作り投げ竿である。
何しろ家は貧乏で市販の竿やリールを買えるはずも無く、欲しいものは自分で作れ!の父親の考え方が身に付いていたので、特に抵抗は無かった。
ただ、針金のガイドでは釣行1〜2回で錆て使い物にならなくなったので、その交換が面倒であった。
後には折れて捨ててあったソリッド穂先の竿を拾って帰り、それに付いていたクロームメッキのガイドを取付けて使った。
リールも手作りですぐに壊れたが、最終的には鯛釣りなどに今も使われている手バネ竿の様な糸巻きを付けた。
投げる前は糸を繰り出し、その状態で投げていたので出した糸の長さが飛距離であり非常に分かりやすかった。
今考えると投げ竿というよりはフライロッドで投げ釣りをしている様なものである。
1969年、幸運にも関東から越して来た親戚に投げ釣り道具一式をもらい、本格的な投げ釣りの道に入れたのだろうと思う。
この幸運が無ければ、今のように投げ釣りを続けていたかどうか分からない。
その竿はオリンピック社製でグラス振り出し竿、長さ3.3メートルオモリ負荷20号としか覚えていない。
3本継ぎで4ガイド仕様。リングは黒っぽいセラミックでガイド本体はクロームメッキで頑丈そのもの、
元ガイドは折りたたみ式で60ミリほどだった。
トップカバーを付けないで揺するとガシャガシャと音がして、まるでお坊さんの持つ錫杖のようだった。
本体は灰褐色のグラス製で、グリップは木製。グリップエンドにはゴムカバーを装着した石突きが取付けられていた。
これがまた非常に重くて太い代物だったが、体力溢れる若い頃に使っていたから全然負担を感じなかった。
ただ4号ナイロン道糸のリールを装着していたので、飛距離はあまり出なかった。
せいぜい70メートルほどではなかったろうか。
今のように力糸など使っていなかったので、根ズレなどで傷ついているのに気がつかないままキャストしてそのままぶち切れて飛んで行った!なんて事も多かった。
夏場は貴重なフロート天秤を回収するためにわざわざ潜って取り戻したりもした。
自分のもの以外の天秤を見つけると非常に得した気持にさえなった。
1975年頃だったと思うが、オリンピック社より新発売の振り出しロッドニューフェニックス25-360を購入するまで使っていたが、その間何度もガイドが壊れて、修理しいしいこき使っていた。
現役引退後は伸縮式の物干竿として第2の人生を歩き始めたのである。
(2)につづく

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一番最初は竹製で針金のガイドを付けた手作り投げ竿である。
何しろ家は貧乏で市販の竿やリールを買えるはずも無く、欲しいものは自分で作れ!の父親の考え方が身に付いていたので、特に抵抗は無かった。
ただ、針金のガイドでは釣行1〜2回で錆て使い物にならなくなったので、その交換が面倒であった。
後には折れて捨ててあったソリッド穂先の竿を拾って帰り、それに付いていたクロームメッキのガイドを取付けて使った。
リールも手作りですぐに壊れたが、最終的には鯛釣りなどに今も使われている手バネ竿の様な糸巻きを付けた。
投げる前は糸を繰り出し、その状態で投げていたので出した糸の長さが飛距離であり非常に分かりやすかった。
今考えると投げ竿というよりはフライロッドで投げ釣りをしている様なものである。
1969年、幸運にも関東から越して来た親戚に投げ釣り道具一式をもらい、本格的な投げ釣りの道に入れたのだろうと思う。
この幸運が無ければ、今のように投げ釣りを続けていたかどうか分からない。
その竿はオリンピック社製でグラス振り出し竿、長さ3.3メートルオモリ負荷20号としか覚えていない。
3本継ぎで4ガイド仕様。リングは黒っぽいセラミックでガイド本体はクロームメッキで頑丈そのもの、
元ガイドは折りたたみ式で60ミリほどだった。
トップカバーを付けないで揺するとガシャガシャと音がして、まるでお坊さんの持つ錫杖のようだった。
本体は灰褐色のグラス製で、グリップは木製。グリップエンドにはゴムカバーを装着した石突きが取付けられていた。
これがまた非常に重くて太い代物だったが、体力溢れる若い頃に使っていたから全然負担を感じなかった。
ただ4号ナイロン道糸のリールを装着していたので、飛距離はあまり出なかった。
せいぜい70メートルほどではなかったろうか。
今のように力糸など使っていなかったので、根ズレなどで傷ついているのに気がつかないままキャストしてそのままぶち切れて飛んで行った!なんて事も多かった。
夏場は貴重なフロート天秤を回収するためにわざわざ潜って取り戻したりもした。
自分のもの以外の天秤を見つけると非常に得した気持にさえなった。
1975年頃だったと思うが、オリンピック社より新発売の振り出しロッドニューフェニックス25-360を購入するまで使っていたが、その間何度もガイドが壊れて、修理しいしいこき使っていた。
現役引退後は伸縮式の物干竿として第2の人生を歩き始めたのである。
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2009年03月05日
投げ釣り道具考4 クーラーボックス
私が最初にクーラーボックスを手にしたのは、関東から越して来た親戚に振り出しロッドとリールを譲ってもらった時。
一緒にフロート天秤などの小物とともにクーラーボックスも頂いたのだった。
ビニールレザーのカバーの中に発泡スチロールに包まれたボックスが収められており、プラスチック製の中蓋をかぶせてファスナーでカバーの上蓋を閉じるもの。いわゆるソフトクーラーである。オリンピック社製で容量は6リットルくらいではなかったろうか。前面には小物ポケットもついていて便利だった。
保冷力はあまり良くなかったようで、2〜3時間で氷が解けてしまった。もっともこの氷も家庭用冷蔵庫の製氷皿で作ったもので、氷の温度もそれほど低くはなく、冷凍庫で作る現在の氷とは比較にならないだろう。
しかしながら当時はキス釣りを専門にする釣り師はほとんど見かけず、出掛ければ今で言う良型のキスをクーラー満タンなんて事はざらだった。今思えば幸せな時代であった。
その後手に入れたのはハードクーラー、現在市販されている形状とほとんど変わらないもので、今は懐かしきバカンスクーラーである。容量は18リットルだったと思う。
ビニール製のショルダーベルトとラッチ金具が特長である。
このクーラーを手に入れて初めてクーラーが釣りの時のイスに使える事を知った。
密閉度も高く当時としては保冷力も良かった。
もうひとつこの頃から冷凍冷蔵庫が普及し始めていて、質の良い温度の低い氷が作れるのもクーラーの性能に影響を与えたのだと思う。当時は餌も氷も全て自前だった。釣具屋で購入なんて思いもよらなかった。
それからずっと時を経て手に入れたのはダイワのプロバイザー20リットルと11リットルの2種類。立方体でカチッとした作りが好きだった。このクーラーは20年以上使用し続けたのではないだろうか?蓋の表面が劣化してボロホロになってしまった。
その間小型のクーラーボックスは何種類か購入したが、長持ちについてはプロバイザーにかなうものはなかった。
現在所有しているのはまずイグローの72、40。これはキャンプ用で釣りには使用した事はない。40は釣り大会で亡き妻が他魚部門で優勝した際の商品なので思い入れが有る。ちなみにこの時次女がキス大物賞を取った。ダブル受賞の記念すべき大会であった。
今一番稼働率が高いのはクールラインの20リットル、投げ専用に改造している。頻繁に移動のない岸壁や岩場、狭い砂浜などで使用する事が多い。
続いてプロバイザーIZMの16リットル。今のところ使用の機会に恵まれていない。
最期にシマノフィクセルサーフキススペコンペ。初めてのシマノ製クーラーだが手にして思ったのは華奢。ロッドホルダーなどは一度の使用で壊れてしまった。軽く、保冷力は高そうで、足で釣り歩く広い砂浜でのキス釣りにはとても良さそうだが私の釣りスタイルには合わないと感じている。
現在はアオリイカのランガン専用に改造しようと考えている。

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一緒にフロート天秤などの小物とともにクーラーボックスも頂いたのだった。
ビニールレザーのカバーの中に発泡スチロールに包まれたボックスが収められており、プラスチック製の中蓋をかぶせてファスナーでカバーの上蓋を閉じるもの。いわゆるソフトクーラーである。オリンピック社製で容量は6リットルくらいではなかったろうか。前面には小物ポケットもついていて便利だった。
保冷力はあまり良くなかったようで、2〜3時間で氷が解けてしまった。もっともこの氷も家庭用冷蔵庫の製氷皿で作ったもので、氷の温度もそれほど低くはなく、冷凍庫で作る現在の氷とは比較にならないだろう。
しかしながら当時はキス釣りを専門にする釣り師はほとんど見かけず、出掛ければ今で言う良型のキスをクーラー満タンなんて事はざらだった。今思えば幸せな時代であった。
その後手に入れたのはハードクーラー、現在市販されている形状とほとんど変わらないもので、今は懐かしきバカンスクーラーである。容量は18リットルだったと思う。
ビニール製のショルダーベルトとラッチ金具が特長である。
このクーラーを手に入れて初めてクーラーが釣りの時のイスに使える事を知った。
密閉度も高く当時としては保冷力も良かった。
もうひとつこの頃から冷凍冷蔵庫が普及し始めていて、質の良い温度の低い氷が作れるのもクーラーの性能に影響を与えたのだと思う。当時は餌も氷も全て自前だった。釣具屋で購入なんて思いもよらなかった。
それからずっと時を経て手に入れたのはダイワのプロバイザー20リットルと11リットルの2種類。立方体でカチッとした作りが好きだった。このクーラーは20年以上使用し続けたのではないだろうか?蓋の表面が劣化してボロホロになってしまった。
その間小型のクーラーボックスは何種類か購入したが、長持ちについてはプロバイザーにかなうものはなかった。
現在所有しているのはまずイグローの72、40。これはキャンプ用で釣りには使用した事はない。40は釣り大会で亡き妻が他魚部門で優勝した際の商品なので思い入れが有る。ちなみにこの時次女がキス大物賞を取った。ダブル受賞の記念すべき大会であった。
今一番稼働率が高いのはクールラインの20リットル、投げ専用に改造している。頻繁に移動のない岸壁や岩場、狭い砂浜などで使用する事が多い。
続いてプロバイザーIZMの16リットル。今のところ使用の機会に恵まれていない。
最期にシマノフィクセルサーフキススペコンペ。初めてのシマノ製クーラーだが手にして思ったのは華奢。ロッドホルダーなどは一度の使用で壊れてしまった。軽く、保冷力は高そうで、足で釣り歩く広い砂浜でのキス釣りにはとても良さそうだが私の釣りスタイルには合わないと感じている。
現在はアオリイカのランガン専用に改造しようと考えている。
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2009年03月02日
まだまだ釣れないなあ
土日と仕事のために釣行できなかったので、お嬢(次女)の休みである今日出掛ける事にした。
月曜が休みのお嬢とはなかなか一緒に釣行できないのだが、今日は久々で期待もやや大きかった。
朝9時前に家を出ていつもの釣具店で砂虫を仕入れ、一路高浜海水浴場へと車を走らせる。
到着後浜の中程まで歩いて道具をセットしそれぞれ第一投。
久しぶりのお嬢は気合いを入れて我流V字投法でキャスト。
向かい風ながら4色を軽くオーバーして気合いが入る。
私はその横でキャストし、6色付近に投げ入れた。
ゆっくりとさびいてくると5色辺りで明確な魚信があり、まずはピンながらもキスをゲット。
マイルールの13㎝を僅かにオーバーしていたのでキープとした。

お嬢の方を見るとルンルン気分でリールを捲いている。
それもそのはず、同サイズをなんとトリプルだった。

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その後はほとんどアタリがなく、私が同サイズを2尾追加、リリースサイズを3尾追加したのみで場所移動となる。
脇岬港で竿を出したものの東よりの風と海草地獄に閉口してすぐに転進、野母港温泉下に移動する。
ここは風もほとんど無く、海草に悩まされる事もなかったが、磯ベラと根掛かりに悩まされ続けた。
それでもめげずに投げ続けているとグイ~と大きな当たりでまあまあサイズのアラカブが釣れ上がる。

根掛かりゾーンの周辺をタイトに狙い続けているとついに待望のキスが姿を現した。かなり痩せてはいるが本日最長の23.8㎝。

その後も磯ベラ9に対しキス1といった具合に釣れ続け、合計4尾のキスをキープした。
お嬢は残念ながら磯ベラのみに終わったが、久々に魚のアタリを堪能したので気持ちとしては満足である。
ただ、キスはまだまだ釣れないなあ。
本日の釣果 キス23.8~14㎝ 10(その他リリース 4)
アラカブ 27、21㎝
イソベラ 23~10㎝ 多数
本日のタックル
お嬢 スピンパワー405CX-T トーナメントサーフZ45-T
投げ山 トーナメントサーフⅡT33-405 ベイシア35
本日のメニュー アラカブの刺身 アラカブのみそ汁 キスのムニエル
すべて美味しくいただきました。
ごちそうさま。

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月曜が休みのお嬢とはなかなか一緒に釣行できないのだが、今日は久々で期待もやや大きかった。
朝9時前に家を出ていつもの釣具店で砂虫を仕入れ、一路高浜海水浴場へと車を走らせる。
到着後浜の中程まで歩いて道具をセットしそれぞれ第一投。
久しぶりのお嬢は気合いを入れて我流V字投法でキャスト。
向かい風ながら4色を軽くオーバーして気合いが入る。
私はその横でキャストし、6色付近に投げ入れた。
ゆっくりとさびいてくると5色辺りで明確な魚信があり、まずはピンながらもキスをゲット。
マイルールの13㎝を僅かにオーバーしていたのでキープとした。

お嬢の方を見るとルンルン気分でリールを捲いている。
それもそのはず、同サイズをなんとトリプルだった。

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その後はほとんどアタリがなく、私が同サイズを2尾追加、リリースサイズを3尾追加したのみで場所移動となる。
脇岬港で竿を出したものの東よりの風と海草地獄に閉口してすぐに転進、野母港温泉下に移動する。
ここは風もほとんど無く、海草に悩まされる事もなかったが、磯ベラと根掛かりに悩まされ続けた。
それでもめげずに投げ続けているとグイ~と大きな当たりでまあまあサイズのアラカブが釣れ上がる。

根掛かりゾーンの周辺をタイトに狙い続けているとついに待望のキスが姿を現した。かなり痩せてはいるが本日最長の23.8㎝。

その後も磯ベラ9に対しキス1といった具合に釣れ続け、合計4尾のキスをキープした。
お嬢は残念ながら磯ベラのみに終わったが、久々に魚のアタリを堪能したので気持ちとしては満足である。
ただ、キスはまだまだ釣れないなあ。
本日の釣果 キス23.8~14㎝ 10(その他リリース 4)
アラカブ 27、21㎝
イソベラ 23~10㎝ 多数
本日のタックル
お嬢 スピンパワー405CX-T トーナメントサーフZ45-T
投げ山 トーナメントサーフⅡT33-405 ベイシア35
本日のメニュー アラカブの刺身 アラカブのみそ汁 キスのムニエル
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